飯、そして飯

「なるほど、そこでドナルド・マジックを出してくるのか。クォーターパウンダー・チーズ……悪くない」


ある日の昼下がり、図書館の入口前。僕が謎の覆面と遊戯王カードに興じていると、けたたましいブレーキ音とともに、黒塗りのリムジンが図書館に突っ込んでいった。轟音、直後にもうもうと上がる黒煙。よくある風景である。数えてみるに、本日通算6度目だ。


「ええい、ならばドロー! 五穀豊穣ライスシャワー!」


デッキから量多めのライスを取り出す。日本人は、やはり農耕民族なのだ。
こうなると付け合わせが欲しい。遊戯王カードは面白い。


「お……そろそろ飯の時間だ」


時計をチェックし、太陽の位置を確認する。
未だに遊戯王カードに興じている謎の覆面を引きはがすと、兄だった。


「私だ」


「お前だったのか」


山盛りのライスを地面に直接残し、僕らは昼飯を食いに立ち上がった。
しかしそこで、重要な事項を思い出す。ここにはまともな飯屋が無いのだ。


「ならばこちらだ」


図書館の中を通り抜けると、やがて地下シェルターへのエスカレーターが見えてきた。
振り返ると、館の入口は炊き立てほかほかのごはんで埋まっている。これ以上誰も入れまい。しかし申し訳ないが、これも未来のためなのだ。忸怩たる思いとともに、南無三、僕は念仏を唱えた。


エスカレータに乗り、徐々に地下へ進んでゆく。先を見ると、数十メートル先のエスカレーター上に見覚えのあるスーツ姿が佇んでいた。


「あんたは……総理! 麻生総理大臣じゃないか!」


「私だ」


「お前だったのか」


『未成年の馬券の購入は、法律で禁止されております』
アナウンスが流れる。


どうやら総理も飯を食いに行く途中だったらしい。それではともに飯を食おう、ということになり、麻生総理とっておきの飯屋へ向かった。


エスカレータを下りきると、一般人が縦横に並んで総理を待ち受けていた。これではまともに飯など食えたものじゃない。参った、どうすれば。


「残像だ」


なんと! 総理は残像だったのだ。僕らが今まで話していたのは、余りに素早い動きだったために残っていた総理の残像。流石は一国のトップ。これくらいできなければ、外交は不可能という事なのだろう。サミットに出席しているのは、皆残像に違いない。


一般人をかき分けていくと、やがて道が開ける。
その先で、悠々と総理は時間を潰していた。


「ここは……『牛角』!」


「どうだ、おどろいたろう」


「たまげたなあ」


牛角に入ると、店員が一般人は通さないという特別席に案内してくれた。レジ横のカウンターである。なるほど、ここならすぐにお会計が出来る。


「メニューを」


すると、メニューが出てきた。牛角と言うだけあって、肉のバリエーションが半端ではなかった。牛丼、牛丼、そして、牛丼。28ページにわたって、同じ牛丼の写真が並びに並んでいた。確かに、牛丼を食いに来た人はこれで満足するに違いない。僕は牛角の手際の良さに思わず唸った。


「では……この牛丼をひとつ」


「申し訳ありません。牛丼は今切らしておりまして」


「なんと」


「代わりのメニューとして……こちらの牛丼なら今すぐお出しできます」


「では、それで」


「かしこまりました」


牛丼が無いとは、どういうことだろう。仕方ない。しぶしぶだが、牛丼で我慢してやることにした。


「お待たせいたしました、豚丼です」


「うん、これこれ」


僕は大きくうなずくと、割り箸をぱきりと割って、さっそく豚丼をかきこんだ。流石は総理とっておきの店である。ありとあらゆる準備に余念が無い。
ところで、総理と兄はどこへ行ったのだろう。気になるが、当面はこの豚丼を処理するのが僕にとってのマストである。僕は早速、57杯の豚丼との格闘に戻った。





という夢を見た。